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天才は深夜語りでつくられる。

the perfect world of prince.

"ぼく"が"ぼく"である理由の話。

 
はじめまして。
 
突然ですが普段ぼくが文章上で自分の一人称をどう表記しているか分かりますか。
 

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そう、「平仮名」で"ぼく"ですね。
 
僕(ぼく)という一人称は最も無難な一人称かつ使用できる場面が多く、私的な場のみならずある程度フォーマルな場での使用も可能なため普段から使用している方も多いと思います。
 
では何故「平仮名」で"ぼく"なのでしょうか。
 
ここでは、"ぼく"が"ぼく"である理由について語りたいと思います。
 
 
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ちなみに「僕」と「ぼく」と「ボク」についてイメージに違いがあるのは分かりますか。
 
もしかしたら、文系の方々なんかは既になんとなく分かって頂いているのかも知れませんね。
 
現代の日本語は「平仮名」「片仮名」「漢字」の文字体系を用いていおり、ぼくら日本人はそれらを無意識の内に使い分けています。
この、無意識に"使い分ける"という行為は"選択している"という行為と同義であり、状況に応じて今の自分や場面にふさわしい文字を選択しているのです。
 
"選択する"という行為は、ランダムな選択でない限りそれぞれの文字体系にそれぞれのイメージなるものを持っていないと行えません。
では、それぞれの文字体系にぼくらはどんなイメージを持っているのでしょうか。
 
名詞や動詞だとまた抱くイメージが変わってきてややこしくなるため、ここでは一人称に絞って例を挙げて説明していこうと思います。
女性だと変わってくるかもしれないので、一応以下の話は全部男性目線で男性の話という事にしてください。
 
 
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STEP1 俺(おれ)
①俺に勝てるのは俺だけだ。
②おれに勝てるのはおれだけだ。
③オレに勝てるのはオレだけだ。
 
ここまで頑張ってそれっぽく語ってきましたが、さすがにもう無理ですね。こういう話です。
一人称の文字体系によってそれぞれの文章に抱くイメージが変わってきましたよね。
ぼくはさらに、このイメージを現代の日本人はある程度共通して持っていると思っているので語っていきます。
 
まず①です。「俺」は普段の友達間などでの会話では最も使用されている一人称だと思われますが、文章での会話では「俺」というワードに自体に若干強気な雰囲気が漂っているので使い辛い点が気になりますね。
ただ、そこさえ気にかけなければこの漢字で書かれた「俺」を用いた文章に違和感はなく、特別な印象を抱く事もありません。
小さな子供だけはイメージと違うような気がしますが、それ以外ならどんな人にも当てはまると思います。
そんな彼はスタンダードできっと常識人でしょう。
この漢字で書かれた「俺」は「俺(おれ)」を使用する"俺スタイルプレイヤー"の誰もが通るであろう"第一の門"といった感じですね。
 
次に②ですが、この3つの"俺(おれ)"の中で一番捉えどころがない男だと思いませんか。
しいて言うならこの中でいちばん丸い印象と言うか「俺」という言葉の強さを消していると思います。
ただ、この中でいちばん"やばい"雰囲気を感じ取れるのも彼でしょう。
 
③はちょっと生意気というか調子に乗っている雰囲気がありませんか。彼を一言で表すなら背伸びしてオラついた"キッズ"、そう"キッズ"が相応しいでしょう。
たとえおっさんだった場合でもどこか痛々しさを感じる"キッズ"って感じ、しませんか。
兎にも角にもオラついてる感じの印象が強いですね。
 
 
STEP2 僕(ぼく)
①僕は王になる。
②ぼくは王になる。
③ボクは王になる。
 
次は「僕(ぼく)」です。
 
まずは①ですが、これもまた普通ですね。
発言のやばさに対してこの「僕」は普通の少年もしくは青年といった感じです。
きっとこの中でいちばんまともな王様になるであろうというイメージをみなさんも持てると思います。
この「僕」は、子供らしさと落ち着いた雰囲気を絶妙なバランスで保っている一人称であるため、子供から大人まで幅広い支持を得ているのだと思います。
 
次に②ですが、やはり平仮名の「ぼく」はどんな男なのか捉えどころがないと思いませんか。
たとえば子供の「ぼく」であっても、たとえば老人の「ぼく」であってもなんとなく不思議な雰囲気だけ感じる事ができると思います。
 
最後に③ですが、リアルの文章でこれ使ってる人いたらキャラ作りすぎてて引いてしまう人がほとんどですよね。
子供らしさを全面に押し出したワンパクな"男の子"をみなさんもぼく同様にイメージした事でしょう。
この「ボク」の発言はキッズの戯言感がやばいですね。
 
 
STEP3 私(わたし)
①私が天に立つ。
②わたしが天に立つ。
③ワタシが天に立つ。
 
最後に「私(わたし)」です。
 
①は社会人以上の大人の男性のイメージです。
少なくともこの「私」は大学生以上で高校生以下の少年をイメージする事は難しいと思います。
また、落ち着きのある雰囲気も感じることが出来ると思います。
話とは関係ないのですが「私」という一人称をプライベートでの会話で使用するのって何歳くらいから違和感なくしっくり来るものなんでしょうかね。
ぼくや周りの友人が「私」をプライベートの会話で使用したとするとムズムズとした違和感しかないですが、いつかしっくりくるものなのでしょうか。
 
次の②も子供はイメージし辛いですが①で感じたような落ち着きも感じ辛いと思います。
それ以外はやはりよくわからない不思議な雰囲気があります。
 
③はとにかく胡散臭いですね。
きっと漫画に出てくる奇術師的ポジションのキャラで、もしかしたら意外と人気がある系の人ですよ。
プライドも高そうですね。
 
 
以上、例文と共に3つの一人称と、それぞれの文字体系の持つイメージについて説明しましたがなんとなく分かっていただけましたか。
 
この3つの例から、
  1. 「漢字」は落ち着いた雰囲気を持たせ大人なイメージを持たせる。
  2. 「平仮名」はその一人称の持つ特徴を消し、不思議な雰囲気を持たせる。
  3. 「片仮名」はその一人称の持つ特徴を強調し、子供らしい雰囲気を持たせる。
ことが読み取れると思います。
 
 
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ちなみにぼくは冒頭でも説明したように平仮名で"ぼく"を使用しています。
 
平仮名はその一人称の持つ特徴を消すので、後付けでイメージを付与しやすいと思っています。
また、平仮名の持たせる不思議な雰囲気が他人の目を引きやすく、発言をした際に頭に残りやすい事もこれを助けていると思います。
このことから"ぼく"は常に口調から余裕を感じさせつつ、紡ぐ内容と溢れ出るオーラによって知識と文学の風韻を感じさせたいという思惑から"ぼく"を使用しています。
 
自分がどう見られているかと頭を悩ませている方が多いですが、大事なのは自分をどう見せるかです。
みなさんも一人称で何を使いどんなイメージを周囲に持たせるか、今一度考えてみてはどうでしょうか。
 
 
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ちなみに今までの話はアンケートを取り周囲の人間に確認したり、何かの学問や文献によりそうであると立証されたものではなく、あくまでぼく個人がこう考えているという話です。
 
今までの話が全然違ったのに実践してしまい、周囲によくないイメージを与えてしまった場合もぼくは何も保障しないのでそこは頭に入れておいてください。